
登山仲間を増やしたくて山岳会に入ったけれど、なぜか気疲れしてしまう…。そんなふうに感じていませんか?
本来は登山をもっと安全で楽しいものにするはずの山岳会。
でも実際には、人間関係や独特なルールに「正直、面倒くさい」と思う瞬間もあるのがリアルです。
この記事では、山岳会にありがちな“しんどさ”の正体と、無理せず山を楽しむための考え方を深掘りしていきます。
山岳会、なぜ面倒に感じるのか
山が好きで登り始めた人が、ある程度レベルアップすると「山岳会に入ったほうがいい」と勧められることがあります。確かに、安全面や情報共有という面では山岳会の存在は心強いもの。しかし、実際に入ってみると、「あれ、ちょっと面倒くさいかも?」と感じる人が一定数いるのも事実です。
登山そのものより、人間関係や慣習に悩まされてしまい、本来の楽しさが失われることも。では、なぜ山岳会が“しんどい”と感じられてしまうのでしょうか?
人間関係のしがらみが最大の壁
山岳会の活動には、登山だけでなく定例会や飲み会、山行計画のミーティングなど多くの「オフ・ザ・マウンテン」の時間があります。その中で見えてくるのが、年功序列的な雰囲気や、阿吽の呼吸を求められる空気です。
例えば、
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ベテランの指示には逆らえない空気
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装備や技術よりも「昔ながらのやり方」が優先される
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グループ内でのポジション争いや派閥
こうした状況に息苦しさを感じる人も多く、最悪の場合「山に登るより、会の活動がストレス」になることも。
とくに初心者や、仕事や家庭と両立しながら登山をしたい人にとっては、**「面倒な付き合い」**が重荷になるのです。
技術や経験よりも「空気を読む力」?
本来、山岳会は知識と技術を持ち寄り、共に安全に登るためのグループです。しかし、実際には技術や経験の話よりも、**“会の空気を読む力”**が重視される場面もあります。
たとえば、
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初心者が質問すると「そんなことも知らないの?」と冷たくされる
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若手が提案しても「昔はこうだった」と一蹴される
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飲み会への参加が実質的に義務化されている
こういった状況では、成長のチャンスよりも「場に合わせる」ことが優先され、個人の登山スタイルが抑え込まれてしまうことも。
山を愛する人にとって、「自分らしく山に向き合えない」のは、本末転倒です。
一人で登る自由と、山岳会の利点
とはいえ、山岳会に全くメリットがないかというと、そうではありません。たしかに面倒な部分はありますが、技術的な支援、安全対策、仲間との連帯感など、個人では得にくい価値も存在します。
一方で、最近では単独登山者や少人数グループで活動する人も増えており、「会に属さず、気の合う人だけで登る」スタイルも一般的になってきました。
自分のレベルや目的に合わせて、「どこまで関わるか」を選べるようになってきたのです。
山と人間関係、どう付き合えばいい?
山は自然相手のアクティビティであり、危険も伴う真剣な趣味です。だからこそ、安全のためには人と関わることも大切。しかし、その人間関係がストレスになるなら、一度立ち止まって考えることも必要です。
もし今、山岳会での活動がストレスになっているなら:
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距離を取ってみる
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別の山仲間を探す
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一時的に個人行動に戻る
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自分でミニグループを作る
といった選択肢もあります。
山は逃げませんし、あなたのペースで関われば良いのです。無理に合わせず、自分の楽しみ方を大切にしてもいい。そう思えるだけで、山との関係がもっと心地よくなるかもしれません。
まとめ
山岳会は本来、安全で楽しい登山を支えるための組織です。しかし、現実には古い慣習や人間関係のしがらみによって「面倒くさい」と感じる場面も多いもの。自分のスタイルや目的に合わないと感じたら、無理に合わせる必要はありません。
山は誰にでも開かれたフィールド。あなた自身が心から楽しめる方法を見つけることが、最も大切なことです。

